鎌倉・歴史

私が愛した頼朝さん

定価1,500円(税抜)

小池時一・著 四六判・320ページ

鎌倉の原点は、何と言っても先ず頼朝にありきである。

要するに頼朝を語らずして鎌倉は語れないということである。 鶴岡八幡宮の神官の家に生まれた著者が、生涯をかけて追究し続けた、真の頼朝像がここに。

目次
【もくじ】
没後八〇〇年 鎌倉の恩人 頼朝公の恩寵/鎌倉は先ず頼朝ありき/「鎌倉城」の由来/源頼朝会会章の謂れ(鶴丸秘話)/石橋山の合戦に於ける源平系図(頼朝生涯の大敗北)/三浦一族/頼朝の歴史/頼朝が愛した女達/北条一族に抹殺された 鎌倉幕府の重臣達  /鎌倉の大恩人 頼朝さんのお墓/縁深き頼朝と八幡大菩薩 そして奈良東大寺の大仏と鎌倉長谷の大仏と/鶴岡八幡宮(寺)由来考/源氏の白旗、平家は赤旗
『私が愛した頼朝さん』刊行によせて
「頼朝さんを深く愛していた父」 宮城眞理(長女)/「『小池さん』にいた時の思い出」鈴木伸一(杉並アニメーションミュージアム館長)/「小池時一さんのアク」 伊藤玄二郎(鎌倉ペンクラブ会長)
資料編

【著者プロフィール】
小池 時一(こいけ・ときかず) 大正八年(一九一九)五月、摂津守小池民部大夫藤原久時を祖とする小池家の二十三代目、鶴岡八幡宮の神官の家に長男として生まれる。 自称・小池民部。 横須賀中学、早稲田大学政治経済学部卒業後、神奈川県庁に奉職。横須賀・三浦地区行政センター所長などを務めた。また神奈川県社会福祉事業団常務理事、全国社会福祉事業団協議会常務理事、神奈川県鎌倉市監査委員などを歴任。 そのほかに、早稲田大学鎌倉交友会名誉会長、三育福祉会シャローム名誉顧問、源頼朝会会長、源頼朝報恩会会長、白旗神社総代、雪ノ下自治組織連合会長、八幡宮前振興会会長、鎌倉市頌徳会会長などを務めた。 二〇一三年一月、九十三歳で没。


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